中央区銀座3丁目、ガス灯通りの真ん中に小さなバー白カラス亭がある。僕は次元の狭間を行ったり来たりしていて、頭が混乱してしまったようだ。あちらの世界で帝釈天やサタンとの火花を散らす喧嘩に出会い、大天使ミカエルや堕天使ルシファー兄弟に翻弄され続けたからに違いない。いやはや、巨大なマンモス象のウンチには圧倒されたが、その臭いの記憶が無かった。どちらにせよ、やはりこちらの世界が住み易いようだ。
カウンターでモヒートを上品に唇に運ぶ、ガクト似氏に朝比奈玲子と富ちゃんの視線が張り付いていた。
「ふぅぅぅ〜・・・・。」
やるせない、細い嘆息がガクト似氏の口から漏れた。
「どうかしましたか・・・、モヒートがお口に合いませんでしたか?」
僕は富ちゃんの視線を遮るように体をずらした。
「もうっ、マスターったら、邪魔よ、邪魔なのぉ!」
富ちゃんがガクト似氏の隣に席を移動した。
ガクト似氏がさりげなく、静かに富ちゃんに背を向けた。
「あ、あ、あ、もうぉ・・・・・・。」
富ちゃんが、いじらしいような、つらそうな声を小さくあげた。
「あのぅ、此処で待ち合わせているんですが、誰も来ませんでしたか?」
ガクト似氏が恥ずかしそうに床に視線を落とした。
「ええ、誰も・・・あの、女性と待ち合わせ・・・ですよね?」
僕は富ちゃんが気になったが、構わずに聞いてみた。
「ええ、女性です。どうしてもこのお店で、待ち合わせしたいって、その女性が言うので・・・。」
「へぇぇ、白カラス亭も有名になったものよね。・・・女なんて、止めたらいいのに。ニューハーフの方がよっぽど、尽くすわよ。」
富ちゃんがカウンターに乗り出すようにガクト似氏に身を寄せ、ガクト似氏の空いている片手をしっかりと握った。
ガクト似氏が反射的に手を引っ込めようとした。まるで感電したような驚きようだった。
「ねぇねぇねぇ、その女性が現われなかったら、私が身代わりって、どう?・・・名案でしょう。」
今度は朝比奈玲子が身を乗り出した。
もう、どいつもこいつも、ちょっと佳い男が来ると、こうも違ってしまう。僕は半分呆れて二人の顔を交互に見つめた。
しかし、それにしても、どうもこのハンサムなガクト似氏の態度が腑に落ちなかった。
僕は有線放送のチャンネルを変えた。
「??」
曲が流れていないのに、いままで気が付かなかった。音が出ない?どのチャンネルからも音が出なかった。ふと、僕は振り返った。
「あぁぁっ!」
僕は驚いて息を飲み込んだ。ガクト似氏を残して、富ちゃんも朝比奈玲子も煙のように消えていた。ガクト似氏の瞳が金色に光った。

