2008年12月21日

白カラス亭奇談ー銀座のバー白カラス亭115

東京都中央区銀座3丁目、ガス灯通りの真ん中に小さなバー白カラス亭がある。朝比奈玲子のちょっとしたアイディアが、この後大きな事件に発展するなんて、僕自身、全く想像もしなかった。

「ねぇねぇ、マスター、ちょっと面白いアイディアなんだけど、聞いてくれる?」

玲子がカウンターから乗り出すように身体を出した。富ちゃんまで同じ格好をしてカウンターから乗り出した。

「ちょっと、ちょっと、二人とも。ちゃんとお座り。」

「あのさ、12月24日お誕生日で、イブって名前の子を連れて来た人、若しくは、その本人でもいいんだけど、賞品を出すってどう?」

「それが、アイディアなの?」

「そうよ。面白いじゃない。」

「う〜ん、なんだか、ありきたりのアイディアだなぁ。だいたい、イブなんて名前、日本人じゃあ、まずいないな。犬や猫だったらいるかも知れないが・・・・。」

「そうかぁ〜、そうよね。イブって名前の女の子って、日本には居ないよね。」

玲子ががっかりした顔をした。その時、富ちゃんが、ぽんっ、と手を叩いた。

「ねねねね、聞いて聞いて、イブって本名じゃなくてもOKしない。うちのお店にも、12月24日生まれのイブってニューハーフいるのよ。」

「あ、それいいかも知れないなぁ。別に本名じゃなくても、あだ名でも、芸名でも、犬でも猫でも、兎に角イブだったらOKしようか。」

僕は何となく、富ちゃんの意見に賛成していた。

「ねぇ、マスター。で、景品は何にするの?」

「あ、そうかぁ。全く考えてなかったよ。それに、どうやって募集するのかも、考えてなかった。」

「お・ま・か・せ!」

富ちゃんが怪しくウィンクした。

「あたしを、見くびるんじゃぁございませんことよ。こう見えても、銀座の富ちゃんと言えば、ニューハーフでは売れっ子ですよ。あたしのブログは月間10万アクセスがあるのよ。あたしのブログでちょいと宣伝したら、このお店パンクするわよ。」

「そうだった。富ちゃんのニューハーフブログは人気だったよね。そこで、12月24日の午前零時から夜明けまで、イブ、またはイブを連れて来た方に、ドンペリピンクを差し上げることにしようか。」

「あ、それ、いい。それ、いい。」

富ちゃんと朝比奈玲子が同時に拍手した。ところが、これがとんでもないことになるとは、誰も判る筈がなかった。

 

2008年12月11日

白カラス亭奇談ー銀座のバー白カラス亭114

東京都中央区銀座3丁目、ガス灯通りの真ん中に小さなバー白カラス亭がある。朝比奈玲子が、言い出したのは、クリスマスイブの日のキャンペーンだった。白カラス亭は最近常連客以外の新規のお客様開拓を何もしていなかった。常連客だけの売上で、この銀座で家賃を支払って行くのは少々大変だった。どうも、玲子はそこいらを心配してくれているようだった。

「ねぇねぇ、マスター、ちょっとぉ、聞いてんの。クリスマスイブにキャンペーンやって、新しい顧客の開拓をしましょうよ。ね、聞いてくれる・・・・わたしのアイディア。」

小柄な玲子が伸びをしてカウンター越しに僕を上目で見た。

「へぇ〜、どんなアイディアが浮かんだの。まさか、単に何か景品を出すなんて、どこにでもある様な二番煎じ、じゃぁないだろうね。」

僕はグラスをタオルで拭き、汚れが取れているかどうか、ライトにかざした。ライトの光を反射して、グラスがキラキラと輝いた。そのクリスタルの輝きの中に真赤なサタンの裂けた口が見えたような気がし、僕は慌ててグラスを置いた。

「マスターったら、急に黙ってぇ・・・変よ。」

富ちゃんが僕の顔の曇りを感じたらしい。流石にトップの売れっ子ニューハーフだけあって、気付くのが早い。

「ねぇねぇ、マスターったら、アイディア聞いて呉れる?」

玲子がカウンターに乗っかるように足をばたつかせて僕に返事をせがんだ。

「あ〜、判った判った。そのアイディアをじっくりと拝聴しましょう。」

僕は慇懃無礼にとても丁寧に言った。

「あ〜、あ〜、あ〜、マスターったら、完全に馬鹿にしているぅっ!」

玲子がふて腐ったように言った。

「いやいや、そのように、この店を盛り上げてくれるのでしたら、どのようなつまらないアイディアでもお聞きしますよ。」

「あ〜、ほらっ、ねっ、か〜んぜんに、馬鹿にしているっ!い〜っだ。教えてあげないから。」

「冗談、冗談、冗談。冗談だってば。ね、お願いだからそのアイディア聞かせて。」

僕は両手を拝むように合わせ、玲子に頭を下げた。

「うん、あたしも、あたしも知りたいわ。おせぇて、あたしにも。」

今度は富ちゃんが手を合わせた。

「うん、判ったわ。最初からそのように、素直に聞けば良いのよ。」

玲子が勝ち誇ったように、カウンターから降りて、背筋を延ばした。

2008年11月15日

白カラス亭奇談ー銀座のバー白カラス亭113

東京中央区銀座3丁目、ガス灯通りの真ん中に小さなバー白カラス亭がある。僕の頭は混乱していた。一体今が現実なのか、先ほどまで堕天使ルシファーが居た世界が現実なのか、本当に判らなくなってしまった。ただ、僕の記憶ははっきりしていた。ヨウコの魂がサタンに持って行かれてしまったこと。ヨウコは帝釈天に使える精霊アプサラス、踊りの名手ってこと。そういえば、ヨウコは踊りの名取だって、ヨウコが未だ生きていた時に僕は聞いた覚えがある。そして自分が迦楼羅つまり帝釈天の部下で八部衆の一人ガルーダだと教えて貰ったこと。これだけ記憶がしっかりしているのだから、サタンやルシファーの言った言葉は無視できないと思った。

「ねぇねぇ、マスター、わたしねぇ、イブのお料理考えてみたんだ。」

「イブって、クリスマスイブだよな。チキンか七面鳥のローストかい?」

「大丈夫?マスターったら変なのぉ。12月のイブってクリスマス以外にございませんことよ。もう・・・・違うわ、違うのよ。日本国中、チキンと七面鳥とベークドハムが並べられるんだから、白カラス亭はちょっと違うことしましょうよ。例えば、エビとカニとカキと・・・・魚介中心メニューってどう?」

朝比奈玲子が口を尖がらせて言った。

「あ〜ら、それっていいじゃない?それに高級白ワインをつけて、ちょっとしたお値段取れるわよ。」

富ちゃんが賛成の意を現した。

「僕の店の経営戦略まで考えて戴いて有難うって、言いたいけど、何か違うんだ。」

「えぇぇぇ!何が違うって言うのよ。」

再び朝比奈玲子がふくれっ面になった。

「そうよ、そうよ、今晩のマスターったらぜ〜んぜん、素直じゃないわ。」

富ちゃんまで朝比奈玲子に加担していた。僕は二人の言葉を無視するように有線放送のダイヤルを回した。60年代ポピュラーソングが流れて来た。パット・ブーンの「砂に書いたラブレター」だった。死んだヨウコの好きな歌だった。魂になったとはいえ、サタンに捕らえられている魂の気持ちって、どんなだろうか、僕はヨウコが不憫だった。でも、イブってどうやって探すんだろう。僕には何の案もなかった。

「あ、そうだ!これだわ・・・・。」

朝比奈玲子がぽんっ、と手を叩いた。

「え、それってなぁに?」

身体中にオードトワレを振りかけていた富ちゃんが朝比奈玲子を振り返った。

2008年11月09日

白カラス亭奇談ー銀座のバー白カラス亭112

東京都中央区銀座3丁目、ガス灯通りの真ん中に小さなバー、白カラス亭がある。堕天使ルシファーが消え、漆黒の闇に浮かぶ、無数の銀河を僕は見つめていた。どれくらいの時間が過ぎたのか、もしかして何も時間が経過していないのかも知れなかった。

「ねぇねぇ、マスター、マスターったらぁ!」

僕は後ろから、肩を叩かれているのに気付かなかった。

「えっ・・・・・・・?」

僕は驚いて後ろを振り向いた。富ちゃんがニコニコしながら立っていた。

「ねぇってば、何で何にも返事しないで、空ばっか、見上げてるのよぉ・・・・・。銀座の、ガス灯通りの上に何かあるの?」

「え、だって、銀河が・・・・・・。」

「銀河ぁ、って何?星のことぉ、それより、早く中に入りましょう。寒いったら、もう!」

富ちゃんが両腕で自分の肩を抱きしめるような仕草をした。

「ああ、中に入ろうか。」

僕は、何か夢でも見ていたのだろうか。兎に角、白カラス亭の中に入った。

朝比奈玲子が憮然とした表情で僕を睨みつけた。

「ん、もう、マスターったら、急に一人で外に飛び出して行くんだからぁ!」

「えっ、僕が急に・・・・外に飛び出した、何のこと?」

「あ、本当に大丈夫?マスター、熱でも無い?」

朝比奈玲子が僕のそばに寄り、背伸びするように可愛い掌を僕の額に押し当てた。

「熱は無いはねぇ。でも何だか変ねぇ・・・・。」

朝比奈玲子が富ちゃんの方を見ながら、富ちゃんに相槌を求めていた。

「ねぇ、マスター、それよりさ、イブのスペシャルドリンクとお料理決めた?」

富ちゃんが僕に聞いた。

「えええぇぇぇ、イブだって。イブって、ど、ど、どこにいるんだ!」

富ちゃんがぶっ飛んだ顔をして、大きな眼を驚きで真ん丸くした。

「なな、何を寝ぼけているの、ねえ、本当に大丈夫?来週イブだから、スペシャル料理と飲み物を何か考えるから、アイディアないかって、聞いていたんじゃない。」

「え、イブって・・・・・クリスマス・・・イブ?」

今度は、朝比奈玲子が驚いた声を出した。

「ねぇ、マスター、本当にどっか変よ。だって、そうでしょう、有線放送のジャズを聞いていたら、急に有線を切って、表に飛び出したんだよ。」

僕は、一体全体何がどうなっているのか、さっぱり判らなくなってしまった。

2008年11月02日

白カラス亭奇談ー銀座のバー白カラス亭111

東京中央区銀座3丁目、ガス灯通りの真ん中に小さなバー白カラス亭がある。あっちの次元、こっちの次元、めまぐるしく飛び回って、いささか疲れてきた。現実の世界へはどうやったら、戻れるのかさっぱり判らなくなった。しかし、また戻ったにしろ、それが今まで居た自分の現実世界と同じなのかどうかを、確かめる術さえなかった。そんな、僕の心を見透かしたように堕天使ルシファーが甲高い声で言った。

「お前が戻りたいと思えば、何時でも今までの世界に戻ることができる。しかし、その前に私との約束が必要だ。」

「約束なんて・・・・そんな約束はできない。地球世界の人口は60億人だぜ、どうやって、60億分の1を捜せるってんだ・・・・!できる相談とできない相談がある。」

僕はやけくそになった。堕天使ルシファーがにやり、と笑ったように思えた。

「その60億分の1がお前の店に必ず現れるのだ。それが因縁だ。サタン様や帝釈天や私やリリスやミカエル、そしてイブとお前を繋ぐ因縁の輪があるからだ。」

「因縁の輪だって?・・・そんな輪の仲間にはしないでくれ。僕は関係ない。」

「それは無理だ。お前が前世、そのまた前世で選んだ因縁が繋がっているからだ。ただお前にその記憶がないだけだ。おまえの元を糺せば、帝釈天の部下、八部衆の一人、迦楼羅つまりガルーダだ。」

「か・る・ら・・・・。ガルーダ?飛行機会社か?」

「冗談が好きらしい。つまり鳥をした梵天の乗り物がガルーダだ。だからお前は、お前の言う、今の世でも鳥に縁ある名前、つまり白カラスを名乗っているのだ。」

「へぇ〜、自分でカミング アウトしないで、他人いや悪魔の眷属から、自分の出自を教えて貰うとは光栄だね。」

僕は恐れも忘れて堕天使ルシファーに精一杯の皮肉を言った。

「ふふふふふ、どうやらガルーダーの本性を現し出したようだな。ガルーダーは蛇をも喰らう、気性の激しい金色の猛禽類だからな。」

「ヨ、ヨウコは・・・・。」

「ヨウコ?ああ、お前の妻だったヨウコか。ヨウコはその昔、帝釈天に仕えたアプサラスつまり精霊達の一人だ。天界の妖艶な踊り手達だ。その一人をお前が妻にした。それが現世でのヨウコだ。・・・・今はサタン様の手の中にある。 さあ、さっさと現実世界に戻れ。必ずイブが現れる。現れたら、帝釈天より先に私に教えるのだ。ヨウコの魂を返して欲しいのだろう?」

忽然と堕天使ルシファーが消えた。上下も左右も何も無い、漆黒の闇につつまれた。僕は上と思われる方向を見た。頭上遥かに、無数の渦巻きが見えた。全てが集団で螺旋を描いていた。

「銀河集団だ・・・・・。」

僕は自然にそう感じた。

2008年10月25日

白カラス亭奇談ー銀座のバー白カラス亭110

東京都中央区3丁目銀座、ガス灯通りの真ん中に小さなバー白カラス亭がある。ニューハーフの富ちゃんと朝比奈玲子の姿が煙のように忽然と消えてしまった。白カラス亭のカウンターにはガクト似氏一人が座っていた。無言の時が流れた。ガクト似氏の瞳が金色の輝きを発した。なんだか店内の様子が何時もと違っていた。カウンターの中のお酒が並んだ棚もグラスを置いた棚もキッチンも全ての物に厚みが無かった。まるで写真のような平面の世界になっていた。無音・・・・。

「この意味が判るか?」

ガクト似氏が急に口を開いた。

「わ、わ、判る訳が無いじゃないか。さっきの二人は何処に消えたんだ。富ちゃんと玲子はどこに居るんだ。」

僕の声が震えていた。何故か声が頭蓋骨の中で響いているように思えた。

「二人が消えたのではない。」

「だ、だ、だって、実際に二人は居なくなったじゃないか。」

「違う。二人は消えてはいない。」

「どういう意味かわかんない。ちゃんと説明しろ。」

「お前が違う世界に飛んだだけだ。」

「えぇぇぇぇ!またぁ!また違う世界に来てしまったんか?」

「この宇宙は多層に重なっている。そこには時間や物質の概念が無い。お前が見ている私は、お前の脳の中の私の残像が、勝手に私をイメージしているだけだ。その方がお前には理解し易いのだろう。」

「時間だの物質だの、理解だの残像だの、そんなことどうでもいいんだ。なんで、僕だけがこんな訳の判らないことに巻き込まれるんだ。もういい加減に自分の世界に戻してくれよ。」

僕は半分涙声になりながら、ガクト似氏を罵った。

「イブを探してくれ。」

「イブを探せだって?・・・イブは帝釈天が保護したって言ったじゃないか。」

「そうだ。帝釈天が連れて行った。だから探せ。」

「ん?・・・・・だってお前は帝釈天の仲間の、というか大天使ミカエルだろう。」

「大天使ミカエル?・・・・それは私の兄の名前だ。」

「えぇぇぇぇっ!もう、いい加減にしてくれよ。じゃぁなんだ、お前は堕天使ルシファーか?サタンの使い走りのルシファーか?」

「堕天使とは正しい言い方ではない。ミカエルがそう言っているだけだ。」

「どうだっていいよ。イブの行方なんて帝釈天に聞いてくれよ。それより早く帰してくれ。」

「帝釈天がイブを隠したのはお前が、現実と言う世界に隠した。だから探せ。」

「そんなのお断りだ。勝手にサタンと一緒に探せばいい。」

「サタン様は既にお前の居た世界に先に行っていらっしゃる。しかし、お前の世界では動きづらい。だからお前が探せ。サタン様のご命令だ。」

「何を勝ってに言っているんだ。サタンなんて、帝釈天にぶっとばされたんじゃなかったのか?何で僕がそんなことを引き受けなくてはならないんだ。」

「お前はヨウコの魂が地獄の鬼共に喰われてしまっても良いのか?」

「ヨ、ヨ、ヨウコが?・・・・・ヨウコは天界に行ったはずだ。」

「サタン様が見つけだした。今、ヨウコの魂をサタン様は持ち歩いていらっしゃる。」

「なな、なんて、卑劣なんだ。・・・・そんな、取引なんて・・・・。」

「卑劣とか取引とかは、お前の世界の尺度であり、吾等が世界の物差しではない。・・・どうするか決めろ。」

僕は情けなくなり、涙がこぼれた。と思ったがネガフィルムのような世界では涙はこぼれないようだ。何でこんなことに巻き込まれるのか、いささか情けないが、ヨウコの魂を救うことが先決だった。